星名先生の理論の全文

 2022年3月3日

星名先生の理論について


 星名先生から教えていただいたのはラグビー理論だけではなく、主体的な思考で、私のその後の人生の生き方にまで影響するものでした。


星名先生との出会い


 1964年、大学2年生の春の練習に、突如同志社大学のグランドに星名先生がやってきた。その時には星名先生がどのような人とも知らず、岡先生にいろいろ指示をしていたので、同志社のOBかと思っていた。

 

 星名先生は岡先生にラグビーを教えた人で、京都大学の戦前のラグビーの名選手で京都大学を日本一に導いただけでなく、5種競技でもアジア大会で優勝した文武に優れた人で、同志社大学の工学部を創設し、後に同志社大学の学長になった人である。

   星名先生の詳しい情報は星名先生の記事から



 

 当時、星名先生は工学部の教授をされていて60歳前後だったと記憶している。

 

アタックディフェンスの練習をしていると突然星名先生が私のところにやってきて、「浦野君、もっと浅く、スタンドオフの横に立ちたまえ。スタンドオフのスタートと同時か、それより少し早く真直ぐにスタートしてそれから横へ伸びてボールをもらいなさい」。

この言葉が、天動説の時代に地動説を聞いたような衝撃を受け、コペルニクス的な展開を体験するきっかけとなったので、今でもはっきりと覚えている。


私が星名先生の意図がわからず躊躇していると、つかつかとやってきて、私の両肩をつかみ、スタンドオフの真横に立たせた。


ハーフがボールを持ち上げると同時にスタンドオフがスタートするより早く、私の両肩を突き飛ばし、「真直ぐ走り、スタンドオフがパスをする瞬間に横に伸びてボールを受けなさい」

「こんなに早くスタートしたらボールを持つ前にディフェンスとぶつかります」

「ボールを持っていない君に相手がタックルするわけがないだろう、ノーボールタックルになるじゃないか、ボールを持っていない君がディフェンスに向かって走っていけば相手は立ち止まって待つしかない、立ち止まって待っている相手と助走をつけて走っている君が競走すれば君のほうが勝つのに決まっているではないか」

「理論的にはそうかもしれませんが実践ではそうは行かないのでは」

「実践できない理論などない。理論が正しければ必ず実践できる」

 

このような会話からはじまった星名先生の指導はそれから毎日続いた。

しかし練習ではなかなかうまくいかなかった。ディフェンスの選手が二人の会話を聞いて私の走るコースを予想してあまりスピードを落とさずに私の次に走るコースへ走ってくるからだ。

 

 練習ではうまくいかないので、次は試合で試すことにした。中部自衛隊との練習試合があるのでその時に試すことにした。

 ところが試合ではもっと悲惨だった。向かってくる相手にはタックルすることしか考えていない自衛隊のセンターはまったくボールを持っていない私にタックルを繰り返した。

 

 レフリーもボールを持っているスタンドオフより前に走って行く私とまだボールも持っていない私にタックルする自衛隊の選手を見て、何か不思議なことが起きているように見ているだけで、何度もノーボールタックルされている私を見ていながら、一度も笛を吹かなかった。

 

 レフリーが後輩だったので試合後何故笛を吹かなかったのか聞いてみたら思いもかけない返事が返ってきた。

 「最初は浦野さんのオブストラクション(SOにタックルしようとしている選手を妨害した)を取ろうと思った。しかしコースが妨害していなかったので吹かなかった」

 

 二人の会話を聞いていた星名先生は、笑いながら「レフリーが理解するのにもう少し時間がかかるかな。誰も見たことがないプレーだから。しかし、これからの日本のラグビーはこうなる。体格で劣り、足の遅い日本のラグビーが世界に対抗していくには、浅いラインで早くアドバンテージラインを突破しなければ、深いところでいくら抜いても足の速い外人のフォワードのバックアップを振り切ることはできない」と言って気にかけている様子はなかった。

 

 事実数年後には早稲田の大西先生が監督、同志社の岡先生がコーチ、三菱自工の横井さんが主将の日本代表が「接近」「展開」「連続」と言うテーマで、世界の注目を集めることになった。


星名理論の概念図 

 

 アタックはスタンドオフの横一線に並ぶ。ハーフがボールを持つ前にインサイドセンターが真っ直ぐにスタート、スタンドオフも真っ直ぐにスタート、インサイドセンターが横に走りだすと長いパスを送る。

 スタンドオフではディフェンスのタックルは届かないが、相手のインサイドセンターは普通に真っ直ぐ前に出ると、まだボールを持っていない選手にタックルをすることになるので、途中で立ち止まるしかない。立ち止まっている選手に対し、加速をつけて走りこむのでアタック側のインサイドセンターの方が有利である。


夏の合宿のころからスタンドオフより速くスタートし、横に伸びて受けるという形はある程度マスターできるようになった。

秋の関西リーグが始まる頃にはもうほとんどマスターし、ほぼ自由に走れるようになった。試合ではSOとのタイミングの取り方に難しさがあったが、タイミングがうまく取れたときにはほとんど抜くことが出来た。そして抜いた後はウイングまでボールが回るとスクラムからでもゴールラインまで届いてしまった。



星名理論は足が速くなくても実践できる。

しかし星名先生が仰っていたことを本当に理解できたのは卒業してラグビーを止め、毎日の練習をすることなく、週末に試合だけをするようになってからである。自分は現役当時、体重が60キロ弱と軽かったのでその分横への動きは早かった。ステップも鋭角的に切ることが出来、加速も早かったので抜くことが出来るものだと思っていた。


卒業し練習をすることが全く無くなったので足が遅くなり、スタンドオフとタイミングを合わせる練習をすることも無くなっても、簡単に抜くことが出来た。


試合が始まって少し経つと、その時初めて一緒にプレーするスタンドオフでも、パスのタイミング、癖などはすぐ分かるようになっていたので、試合の後半にはパスのタイミングを指示するだけで後は自分がそれに合わせてプレーするだけでも突破できるようになった。


「私が横に思い切り伸びるから、一度ダミーをしてワンテンポ遅らして前へ出て伸びるパスをくれ」と指示して、スクラムからボールが出るとスタンドオフより早くスタートし、一度スタンドオフの前に出て、スタンドオフがスタートすると同時に横に伸び始め、スタンドオフがダミーパスをする時に前に出るので、次にパスをする時には私よりも前に進んでいるので私へのパスはスローフォワードにはならない。


パスをもらった時にはもう自分のマークははずしているので、そのまま前に走ればもうアドバンテージは突破している。

 足が遅くてもポジショニング、走るコース、タイミングが合えば、抜くことは可能であることを実感した。


 星名理論の最も重要な事は抜く事ではなく、まずFWをオンサイドにする事であり、たとえタックルされたとしても味方のFWを後ろに走らせない事であり、また相手の戦略に合わせるのではなく、自分たちが主体的に自分たちの好ましい環境(FWを前に走らせる)を作り上げて行く事である。



タックルラインはアタックする側が決める

スタンドオフ(前の選手)がパスをする瞬間に横へ広がりながら受けるということは既に高校のときマスターしていたことで、これは多くの選手が今も日常的にしているプレーである。

 まったく違うのはボールを持っていない(ボールを受けとる前)時の動きである。

 それまでのバックスの常識はタックルポイントで(の前で)、どのようなプレイ(パス、突破)をするかであった。


よく言われるラグビーの想定できるラインにアタックライン、ディフェンスライン、ゲインラインなどがあるが、もうひとつタックルラインと言うものがあると言える。


 これはバックスがライン攻撃するときに、タックルされそうな場所をつないだものである。常識的にはアタックラインとディフェンスラインの中間地点ぐらいがタックルラインと言える。アタックラインが深いとタックルラインはディフェンス側からは遠くなり、その分アタック側は楽にパスをまわすことができる。


 ディフェンスが早く飛び出してできるだけ前でタックルしようとするのか、それとも少し間合いをおいて相手の動きを見極めたうえでタックルをしようとするのかは、それぞれのチームの戦略による。

 アタックする側は相手のディフェンスの出方を見ながら、できるだけ前に出てパスや突破を試みるので、タックルラインはディフェンス側の出方で決まってくると思っていた。

 

しかし、星名先生はそのタックルラインを「アタックする側が決められる」と言う考え方を教えてくれた。 

 

 想定できるタックルラインより相手側(前方に)にボールを持っていない時に走りこみ、相手のディフェンスを立ち止まらせ、タックルラインを大きく後退させることでアドバンテージラインに近いところで勝負をして、味方フォワードが大きく後ろへ走ることをできるだけ少なくし、突破した場合はすぐアドバンテージラインを超えることになるので、相手のフォワードのバックアップを振り切ることが可能であり、もしバックアップに捕まったとしても大きくアドバンテージラインを越えており、味方のフォワードが前に走るのでその次の展開が非常に優位になってくる。


ほとんどのバックスの選手は無意識のうちにタックルライン(タックルポイント)を意識している。

 今自分がいる位置と相手のいる位置を考えればコンタクトポイントは自分と相手の中間点地点になるので、その地点の前までにボールを受けて、パスをする、突破することをイメージしながらプレーしている。

 

 私はこのタックルポイントまでの距離(間合い)を読むのが好きで、相手が届かない(タックル出来ない)出来るだけ前(相手のゴールラインに近いところ)でパスや突破することを心がけてきた。

 

 相手が早く飛び出してくるとスタートを遅らし、相手の出足が悪いと見ると思い切り前に出て、可能な限りの浅い(前)地点でのパスや突破をしてきた。しかしこれでは相手の決めたタックルライン、タックルポイントに合わせて動いていた事になる。

 星名理論の革命的な事はタックルポイントはアタックする側が自由に決められると言う事である。

 これは相手の動きに合わせて走るコースを決めると言う受動的な思考から、自分の動きに相手に合わせさせると言う、主体的な思考に変わるもので、その後の人生やビジネスのやり方に大きく影響を与えた。

 


星名理論の応用 

 星名理論のフォローへの応用 

 アタックする側がタックルライン(ポイント)を自由に決められると言う考え方は私のプレイに大きな変化を与えた。これはセットされた状態でのアタックだけでなくあらゆる場面で適応できるからである。

 

 タックルポイントをアタックする側の自分が自由に決めることができると言うことは、間合も自分が自由に決めることが出来ると言うことであり、従って自分の走るスペースも自分で決められると言うことである。 

 

 フォローしてボールをもらう場合もある程度のレベルのチームとの試合になると、ボールを持って走っている選手がいるとその次にボールを受けるであろう選手に対してももう既にマークがいて、ボールを受けた瞬間にタックルをしようとタイミングを計って走ってきている。そのままボールを受ける最適のポジションに最初から走りこむと受けた瞬間にタックルを受けることになる。


ボールを持っていない時に、その選手に向かって近づいていくことにより、相手の選手はスピードを落とさなければ私とぶつかり、ノーボールタックルとなるため、スピードを落として私がボールを受けるのを待とうとした瞬間にこちらがスピードを上げ、ボールを受ける最適のポジションに走りこむことにより、自分が走るスペースを十分に確保してボールをもらうことが出来、受けた瞬間にタックルをされることがなくなるので、次のプレーに備える時間が稼げることができる。


 レベルが高くなればなるほど選手間の攻守の技量の差は少なくなりミスも少なくなるので、ほとんどのプレーは予測できることになり、ボールをもって走れる時間が短くなり、一人がボールを持って走る時間が長くなればなるほど防御側が次のパスへの対応を組みなおしてくると考えなければならない。


 星名理論ではアタックする側がタックルポイントは自由に決められるので、立つ位置も自由で、制限があるとしたらパスをする人間がパスをする時、その選手からのパスがスローフォワードにならない位置でと言う制限があるだけである。


 時には立つ位置はSOより前の時もあった。スタートを遅らせ、SOが自分の前に出たとき、横に走り始めれば、パスはスローフォワードにならない。

 

 またラックなどでハーフから直接ボールをもらうときもほとんど真横にパスをもらうくらいの時もあった。これだけ浅い地点に立ってラインを突破するともう相手のFWのバックアップはほとんど届かない。


星名理論のラックへの応用

 星名先生から教えていただいたのはスクラムの時の極端に浅いアタックラインだけでした。

 ラインアウトからは20メートルほど距離が離れて対峙しているので、ボールを受ける前に想定されているタックルラインに入ることは難しく、色々考えたのですが、実践は難しいと思いました。

 スクラムからの場合、スタンドオフのパスにタイミングが重要になるので、スタンドオフの走るスピードとコースに合わせる必要があり、練習でタイミングは調整するものの、実際の試合になると、少しタイミングがずれることもあります。 幸い、スタンドオフの中川さんは同志社高校で一緒にプレイしたので、動きや癖は全てわかっていたのでほぼ予測通りにパスをもらうことができました。

 でも、ラックの場合はスクラムの5メートルルールがなく、ラックの最後尾からスタートできるので、星名理論の実践は可能だと考えました。加えて、ラックからの場合はハーフから直接パスをもらうので、成功率はラックの時の方がはるかに高いと感じました。

星名 ラック アニメ
 特にスクラムハーフの伊藤は同志社高校の同期で一緒にプレーをしていたので、彼の癖やパスの能力などは全てわかっていたし、伊藤も私の走るコースなども熟知していたので、この時の私の走るコースは予見できて、どこへパスをすれば良いかわかっていたので、ラックから突破してトライを取るケースはたくさんありました。
明大戦 記事のみ
 4年生の時の明治大学との試合では、写真の記事の右下の欄に書いてあるように、ラックから突破すると、そのまま真っ直ぐ直線的に走ってトライする時もありました。
4年明治戦 写真

 この試合の数日前に練習試合で左手の指4本を突き指で全く指が動かなかったので、タックルも普通にできないのでヘッドキャップを被り、左手を絆創膏で指が動かないように固定したので、パスがうまくできないので、突破してそのままトライを目指して走るしかなかったので、結果として6トライしてしまいました。

 

星名理論のディフェンスへの応用

 

 体重の軽い自分はセンターで相手がトップスピードで走ってくれば、待ってタックルをするのが苦手である。そのために相手がトップスピードになる前に相手以上のスピードでタックルをすることを心がけた。


当時(多分今でも)タックルラインをアタックする側が決めると言う発想の選手はいなくて、ほとんどの選手はタックルラインを無意識に意識してスタートしているので、私がディフェンスでトップスピードで最短距離を走っていくと、少しスピードを遅くして受けるポイントを後ろにするか、もしくは横へはずそうとした。

 

そのため私より大きな相手にも当り負けすることもなく、また相手が前に走ってこないのでタックルラインを相手側に押し込む事になり、もしタックルをはずされたとしても、次のカバーディフェンスが前に走りながらのタックルが可能である。


当時デイフェンスラインは横一線に揃えて出るのが常識だったが、私はあえて常識を無視し、直線的にまっすぐに想定できるタックルポイントへ全力で飛び出した。この私の無茶苦茶な飛び出しは相手にプレッシャーとなり、相手のアタックは通常より、前に出るのを抑える結果となった。

その結果、味方のフォワードは前に走ることが可能になった。





バックスの最も重要な使命は味方のFWをオンサイドにして前に走らせることである


いかに大きくて強いFWでもオフサイドの位置にいる限り死んでいるのと同じである。

仮にセンターが相手の深い所でタックルし、そこでラックになった途端、相手のFW8人はそのポイントの更に後ろに戻らない限り、何もプレーは出来ない。



逆に相手に走り込まれて、アドバンテージラインを超えられると、相手のFWは全員生きており、味方のFWは全員死んでいる事になる。一度大きく相手のバックスにゲインされるとFWは大きく後ろに走ることになり、相手のFWを勢いづかせることになり、FW戦が力以上に負けてしまう。


ディフェンスでは出来るだけ前でタックルすることでタックルラインを相手側に押し込んで、味方のFWをオンサイドにして、前に走れるような場面を作り、アタックでは出来るだけ浅いラインでアドバンテージラインに近いところで勝負して、タックルラインを相手側に押し込み、味方のFWが後ろに走る場面を作らないように心がけることが重要である


星名理論から学んで欲しいこと。

 ルールは何度か変更されてきました。しかし1、パスは前にはしてはいけない。2、オフサイドの選手はプレーできない。3、ボールを持っていない選手にタックルはしてはいけない。はラグビーの不変のルールです。


 ラグビーを考える時、まず相手に合わせて自分の動きを決める受動的思考ではなく、自分の動きに相手に合わせさせる、と言う主体的思考の可能性を考えることです。

 前提となっている常識の様なものまで疑ってかかり、ルールを正しく理解して、ラグビーの本質的なもの、1、前に走っている選手の数を多くする、2、オンサイドの選手の数を多くするには、どのようなプレーが可能なのか、それをとことん追求し、既成の枠にとらわれない、自由で楽しいラグビーを探してくれることを願っています。




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